ナショナルガーデン アテネ市内の避暑地

1840年に完成。広さは38エーカー(東京ドームの12倍)かなり広くて真夏のアテネで唯一むんむんさを回避できる場所です。

でも出入り口が3つしかなくてかなり迷いました。日の出から日没まで一般に解放されています。


庭園すべてが国民に解放されたのは1920年代、
以前は一部が王室の隠れ家として使われていたそう。ベンチがたくさんあるので、休み休み散策しました。

銅像や胸像があちこちにあって、有名どころで4つあります。

東南側に

1:イオアニス カポディストリアス ギリシャ最初の大統領

2:Jean-Gabriel Eynard イオアニスの友達でギリシャびいきのスイス銀行家

   のちにギリシャの市民権をもらってギリシャ国立銀行の共同創立者となった人

南側に

3:Dionysios Solomos: 詩人でギリシャの国家を書いた人

4:Aristotelis Valaoritis:詩人で政治家でもあった

のギリシャの領土が確立したきっかけとして、このナショナルガーデンが出てくるのは面白いです。戦争の理由はたいていが領土の拡大が目的ですね。

当時の王、アレキサンダーがこの庭園でペットの猿に噛まれて、敗血病にかかり数週間もしないうちに亡くなってしまった。猿をペットにしていたのもちょっと珍しいけど。。

その時ギリシャはトルコを相手に希土戦争の真っ只中。希土戦争はイギリスやフランスなどの支援を受けて続けれていたけれど、アレキサンダーが死んでしまったので、彼のお父さんのコンスタンティン1世が再び王に返り咲き、でも政治体制の変化を理由にイギリスやフランスから支援を受けれずギリシャは敗北してしまったのです。そして今のギリシャの領土が確立した。

アレキサンダー王が猿になんか噛まれずにいたら、状況は変わってたかもしれない。

どの世界でもリーダーは責任重大です。

ザッペイオン

ザッペイオンは黄色と白を基調とした、品のある堂々とした立派な建物。

1888年に完成。

デンマーク人の建築家によるデザインでオリンピックのために建てられた、なんと建設に14年もかかっている。

photo taken by Andreas Trepte


名前の由来はエヴァンゲロス ザッパスさん、資金を提供した人と、彼の意思を継いで建設を進めた彼のいとこでコンスタンティヌス ザッパスさん、彼らの苗字からきています

ザッペイオンは第一回目のオリンピックでフェンシングの競技場として使われ、今はカンファレンスセンターや展示場として使われています。展示会が開かれていたり、カンファレンスに参加しない限り一般の入場は出来ないのが残念です。

 

エヴァンゲロス ザッパスさんて誰? 

エヴァンゲロス ザッパスさん


ザッパスさんはオリンピックゲームの創設者として認識されています。

彼はオスマン帝国支配下のギリシャで生まれ、数々のギリシャの独立戦争に従事。後の人生のほとんどをルーマニアで過ごしたけど、大のギリシャ愛好家でした。

幼い頃は教育を受けずに育ったにも関わらず、ルーマニアに移住して土地と農業で大成功した実業家。オリンピックの復興を切に望んで、最初にオスマン王に手紙まで出して資金の提供を申し出たそう。反対の声もあったものの、最初にオリンピックの復興を提唱した、詩人でジャーナリストの後押しもあり最後にはオスマン王の心を動かしたそうです。

エキセントリックな人だったと描写されてるけど、ギリシャへの愛国心は人一倍だったらしく数々の学校を設立、寄贈しています。パナシナイコス・オリンピック・スタジアムも彼の資金で修復されたのは有名な話ですね。


ザッペイオンを正面にみて、ひだり側にあるのが彼の銅像

右側に、彼のいとこのコンスタンティヌス・ザッパスがいます。

ザッパスさんがいなかったら、今も4年毎に開かれてオリンピックは存在していないのです。

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